極上音響で名高い立川シネマシティにて、映画「聲の形」Blu-rayに収録された新規音声トラック“inner silence”の極音上映会開催が開催され、音楽を担当された牛尾憲輔さんの舞台挨拶がありました。

 前回に引き続き、“inner silence”上映後の舞台挨拶をレポート。今回は専門的な用語やアートに関する牛尾さんの考えの話もあり、いつにも増して難しめな内容でした。正直、捉え方が間違っている箇所などもあるかもしれませんので、違いがあればご指摘頂けると幸いです。

日時:2017年6月24日15:30回上映前/上映後
会場:立川シネマシティ
登壇者:牛尾憲輔
司会:ポニーキャニオン 中村
※敬称略
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前回記事:牛尾憲輔さんが語る「聲の形 inner silence」観賞への3つの心がけ
http://htt123.blog.jp/archives/1066601088.html
関連記事:幼少時の将也のイメージ「ハンバーグ」は牛尾さんが元ネタ!?映画「聲の形」スタッフトーク付上映会レポート(登壇者:山田尚子、牛尾憲輔)
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中村:“inner silence”ご覧いただきありがとうございます。

牛尾:お客さん残ってた(笑)

中村:では、“inner silence”上映も終わったところで、作品についてじっくり語ってもらいたいと思います。繰り返しになるかもしれませんが、最終的な“inner silence”の成り立ちについて教えて頂けますか。

牛尾:「聲の形」をつくるにあたって、山田(尚子監督)さんと、コンセプトワークとして作品に合う絵画や彫刻などの抽象的な話がコアにあって、コンテや音楽になりました。作品の根底にあるものとして、コンセプトワークの初期では体内の音というイメージがあった。これは将也が耳を塞いでいても聞こえる、耳が聞こえない硝子でも聴くことのできる音で、世界がどうしても許してしまう音です。

耳を凝らすと入ってくる小さな音やノイズなどの世界を取り囲む音を作品の音楽の中に取り込みたいと思い、衣擦れやピアノのイスの音等々、作品に取り込みました。

「聲の形」は将也の成長譚で、彼の物語として生きるための練習、それは人とコミュニケーションを取るためにトレーニングで、(映画の)2時間9分の中で将也を取り巻く世界の美しさを知ります。

人生の練習として、さらにこの後に世界の美しさを知るような練習曲、指の運びの練習をするだけでなく曲の美しさを知るというコンセプトから、バッハの「Invention」が導き出されました。

体内の音として、ピアノの弦やハンマーの音も取り込んでいます。

この「Invention」を(映画の)2時間に引き伸ばすとどうなるんだろうと拡大したものが“inner silence”です。
エンタテイメントの形に押し込んだのが本編で使用されている楽曲です。

最初につくった“inner silence”の原型からBlu-ray収録用に今回の“inner silence”が出来上がりました。

中村:最初にこのコンセプトを思いついた時の感想はどうでしたか?

牛尾:素晴らしい発想だなと。
「聲の形」は7巻分の原作を2時間にしているので、(駆け足になりがちな)体感時間をゆっくりとしたものにしてくれ、その意味でも凄いと思いました。
すぐにつくって中村さんに送りました。

中村:大興奮でしたよね。

牛尾:鶴岡さんに怒られるかと思ったら、凄くノリノリだった。

中村:みんなノリノリでやっちゃいなよという感じでしたよね。
“inner silence”を形にしようということになった際、制作時にはどんなことを考えましたか?

牛尾:“inner silence”は本編が終わった後に制作をはじめました。「Invention」をアナリーゼ(解析)すると3分割できたのでそれぞれ本編に対応させた。“inner silence”の「ゴー」って音もピアノの音と元につくっています。

将也の練習は最後の文化祭での耳から手を離すシーンで終わりになりますので、「Invention」も文化祭で終わるので、その後はlit(var)を消化して盛り込みました。
ひとりよがりでなくて、コンセプトワークのルーツを大事にしようと心がけました。

中村:“inner silence”はよく聞くと時間軸によって肌触りが違ったりうねりがあったりしますが、何レイヤーくらい使っています?

牛尾:レイヤー数は少ないですが、1回の演奏で色々な表現をつくっています。

中村:シンセサイザーならもっと簡単に色々な表現ができたかと思いますが、何故ピアノにこだわりましたか?

牛尾:ノイズをコントロールするために、例えば実家のピアノはズレがあるんですが、そういうったことを把握している必要がありました。

劇場がピアノの中にあるようなイメージです。鍵盤が叩かれると、ピアノ内部での動きや音があり最後に押された鍵盤が跳ね返る音までも響くような。

中村:ここで少し販促しても良いでしょうか。
きゃにめにて「聲の形」のパッケージを購入すると“inner silence”のOriginal Sound Trackが付いてきます。

映画『聲の形』Blu-ray 初回限定版

牛尾:本編のサントラのB盤のジャケットと合わせるとめっちゃかっこいい。

牛尾:話したいこと話していいですか。
ネットで「“inner silence”は硝子の視点なのかも」という意見を見まして、Blu-rayでは最初“inner silence”を選択したら自動で字幕がONになる設定にしようかという話もあったんですが、やはり文化祭のシーンでこれは将也の話だということになり、コンセプトワークの時からずっと将也の話だったんだなと思いました。

中村:Blu-rayではメニューの音も牛尾さんが新規で描き下ろしたんですよね。

牛尾:メニューをつけっぱなしにしたらプレイヤーがスリープしてしまってエンドレスで聴けないという。

中村:2016年年末に「聲の形」極音上映会用に監修した際に立川シネマシティの音響を想定して“inner silence”をつくられたとか。

牛尾:最高の環境で上映して頂いて感謝です。2回、3回と上映できたらいいなと思います。
ベンヤミンが『複製技術時代の芸術作品』で、写真などの複製技術時代の芸術作品ではアウラが凋落すると指摘しているが、特定の劇場のために調整した音響で1度だけ映画を上映することは、映画という複製作品にアウラをもたらすんでしょうか、誰か芸術哲学を専攻されている方とかいらっしゃったらコメントとか頂けると。
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24 JUNE 2017 ONE DAY ONLY

中村:最後に牛尾さんから一言。

牛尾:こんなハードコアな企画にお越しいただきありがとうございます。これも「聲の形」のもつ力だなと思いました。また通常版の極音上映とかもやりたいですよね。

中村:(スタッフに確認しながら)あ、あと15分くらいあるんですね。

牛尾:何か質問ある方とかいらっしゃいます。

質問1:過去の山田尚子監督、鶴岡音響監督がタッグを組んだ作品をどういう風に捉えていますか?

牛尾:「たまこラブストーリー」が好きです。特にみどりちゃんが好きです。
彼女があの年で抱えている悩みが自分には理解出来ないことが凄く理解できた。触感をすごく的確にとらえていると思いました。

自分に「聲の形」の話が来た時は死ぬかと思いました。
「聲の形」の話を頂いてからは、怖くて観られないです。ファンだった時代には全部観ていました。

質問2:「聲の形」上映当初、字幕について聴覚障害をテーマにしているのに字幕有りの回が少ないと問題になりましたが、今回の“inner silence”で字幕を付けなかったのは何故ですか?

牛尾:字幕を今回外したことについて、聴覚障害をテーマに扱っているが、それが主題ではないからです。
あくまでも将也の物語で、たまたま彼の側に聴覚障害者がいただけで、字幕をつける必要性を見出だせなかったからです。
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質問3:作品づくりにおいて偶然がハマることもあるかと思います。偶然と必然かについてどう思いますか。

牛尾:偶然生まれてきたものと、自分自身で考えて生まれてきたものがあり、そこに作家性が出るという考えもあります。
偶然生まれてきたものを許す、これを選択したのも僕の作家性です

中村:時間になりましたので最後に一言お願いします。

牛尾:本当に来て頂きありがとうございます。
理解ある方に恵まれ幸せです。
皆さんに支えられつくることができました。スタッフ一同にかわりお礼申し上げます。